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トールの神話に迫る:北欧神話の雷神

■雑記

トールの神話

 トールは北欧神話において特に名高い神の一柱であり、「雷神」として多くの人々に親しまれてきた存在である。父は最高神オーディン、母は大地を司る女神ヨルズ(またはフィヨルギン)とされ、彼が赤毛で屈強な身体を持つ戦い好きの男神として描かれるのは神話上でも有名である。なかでも「巨人殺し」に象徴される武勇がよく語られ、巨人たち(ヨトゥン)との戦いを何度も繰り返してきた点が特徴的だ。アース神族の一員であるトールは主に農民や自由民から篤く信仰され、その怒りは巨人や怪物の脅威から人間界や神々の住処アースガルズを守るために振るわれたと伝えられている。

 トールに関する神話は「エッダ詩」(古エッダ、スノッリの散文のエッダ)やサガなどから知ることが出来ますが、その内容は壮大であり多種多様な伝承が数多く残されている。北欧という厳しい自然環境下、荒々しい稲妻や雷はトールの力そのものであると考えられ、人々は雷鳴を聞くとき「トールの車が空を駆け抜けている」と想像した。実際、神話の物語ではトールが戦車に乗り、二頭の山羊によって空を駆ける様子が描かれる。これらの山羊はタングリスニ(Tanngrisnir)とタングニョースト(Tanngnjóstr)という名で、トールは彼らをなんと食糧としても利用できるという。戦いなどの旅の途中で食べ尽くしても、その骨さえ無事なら翌日にはハンマーの力などで蘇らせることが可能だとされていた。ここからも トールの荒々しくも豊穣を兼ね備えた性質がうかがえる。

 トールを象徴する神器としては、まず何よりも有名な「ミョルニル(Mjölnir)」が挙げられる。これは投げれば必ず目標に命中し、その後手元に戻ってくるという不思議な槌(つち)です。さらに、アース神族の敵対者である巨人たちを一撃で仕留めるほどの威力を持ち、神話ではしばしば「トールがミョルニルを振るって巨人の頭を砕いた」という描写が登場する。彼の武力を支えるもう一つの重要な道具に「メギンギョルズ(Megingjord)」という力帯がある。これを腰につけるとトールの怪力がさらに倍増し、神話の中でもその真価を発揮する。加えて「鉄製の手袋」も使用する設定があり、これら三つの神器はトールが巨人たちと戦う際の頼もしき武具であった。

 トールはその豪胆な性格から北欧神話の中でも多くの冒険譚を生み出し、巨人退治だけでなく世界蛇ヨルムンガンドとの因縁深い闘争を繰り返したともいわれている。ヨルムンガンドは世界を取り巻くほどに巨大な蛇であり、トールはこの蛇と幾度となく対峙し、最終的に世界の終末ラグナロクにて相打ちになる運命を宿している。ラグナロクとは神々と巨人・怪物が最終的に激突する終末の大決戦で、この戦いによって多くの神が命を落とす。しかし、トールの場合はヨルムンガンドを倒した直後に、その毒によって自らも力尽きる。そのため、北欧神話の創世から終焉まで、トールは常に強靱な守護者としての活躍といずれ来る運命にも立ち向かう勇士として描かれています。

 さらにトールは家庭や結婚の神事にも関連づけられ、契約や誓いなどを守護する役割を担っていたとされる。実際、考古学的にも鎚形を模したペンダントが多く出土しており、それらには外敵からの保護や豊作、さらに社会生活の平穏を祈る意味があったと推測される。特に、考古学的に見てキリスト教の十字架ペンダントが北欧に浸透していく時期と重なるタイミングで、鎚形ペンダントの数が増加しているという説があり、これは多くの人が新たな宗教流入への対抗や自らの信仰心を象徴するためにトールのミョルニルを模したお守りを身につけていたのではないかとも解釈されている。トールとその家族関係にも興味深い点が多い。正妻はサイフ(Sif)と呼ばれる豊穣の女神で、彼女の美しい金髪はしばしば大地に実る黄金の穀物を象徴するといわれている。また巨人の女性ヤールンサクサ(Járnsaxa)との間にも子をもうけたとされ、マグニ(Magni)やモージ(Móði)といった子供たちの存在が伝承される。

 さらに娘としてはトルーズ(Thrúðr)がおり、戦乙女(ヴァルキリー)の一人である可能性も指摘されている。神話の筋としては、トールが激しい性分なためか、しばしばロキとのトリック合戦を繰り広げる場面や、オーディンと比較される場面などが描かれる。オーディンが知恵や策略を武器とするのに対し、トールは純粋な腕力で斬り込む。こうした対比構造が北欧神話をよりダイナミックに面白くしている。北欧地域がキリスト教化していく過程では、多くの神々の信仰が薄れたとされるが、トールの名は「木曜日」の語源として英語(Thursday=Thor’s day)やドイツ語(Donnerstag=Donarの名残)に色濃く残り、民衆の間でも長く語り継がれてきたとされる。そのため、北欧神話の中でもトールは非常に身近で親しまれた神であり、他の神々に比べても民間での信仰が際立っていたと考えられる。

 農業生産や日常生活を護る神という性格が彼を支持する人々を多くしたのだろう。このようにトールの神話や性格の描写は一貫して「頼れる守り手」「強大な力を持つ戦士」というイメージを強調している。しかしもちろん、単なる無骨な戦士というわけではなく、家庭を守り農村を豊かにする神としての一面も見逃せない。また、滑稽とも言えるような神話エピソードをいくつも持っており、そこにはトールの猛々しい素質と同時に人間的な面白みも感じられるわけである。

トールのエピソード

 ここではトールを取り巻く伝承から、特に有名なエピソードを挙げながらもう少し深く見ていこう。トールが活躍する物語は多数あるが、代表例としては「釣りの物語」「花嫁衣裳のエピソード」「巨人との決闘譚」の三つが特に取り上げられやすい。

 まず、「釣りの物語」はトールと世界蛇ヨルムンガンドとの壮絶なやりとりが印象深い。あるときトールは巨人ユミルとともに漁に出かけ、普通の餌ではとても足りないと考え、大きな牛の頭を釣り針につけた。そして船を漕ぎ出して海の奥深くまで行き、釣り糸を垂れると案の定巨大なヨルムンガンドがかかった。トールはその恐るべき力でヨルムンガンドを引き上げ、その頭をミョルニルで砕こうと試みた。しかし、ユミルが恐怖のあまり釣り糸を切ってしまい、ヨルムンガンドは深海へと逃げ込んでしまったという。この物語はトールの力の偉大さを示すだけでなく、最終的にラグナロクで両者が死闘を演じることへの伏線としてしばしば語られている。

 次に有名なのが「花嫁衣裳のエピソード」です。あるとき巨人のスルトや他の敵対勢力を倒す神聖な砦として、ミョルニルを常に備えておきたいトールであったが、ある巨人に大事なハンマーを盗まれてしまう。盗んだ巨人はトリム(Thrym)という名で、「フレイヤを嫁として差し出すならミョルニルを返してやろう」と要求する。当然フレイヤ自身はそんな提案を拒否するので、神々は苦雪の策として「トール本人が花嫁姿に変装して巨人の国へ潜り込む」という作戦を思いつく。恥ずかしがるトールをなだめ、ロキが侍女役を買って出ることで話が進行しました。巨人たちは花嫁(に扮したトール)を歓迎し、盛大な酒宴を開くが、そのとき「花嫁」が一頭の牛やサーモンを大量に平らげ、さらに大樽いっぱいの酒を飲み干すという大胆ぶりを見せる。怪しまれそうになるとロキが「フレイヤは花嫁衣裳の装いに緊張と興奮で八日間何も口にしなかったのだ」と言い訳し、ごまかすのに成功。やがて嫁入りの贈り物としてミョルニルが花嫁の膝に置かれた時点で、トールは素性を明かし巨人たちを見事に殲滅、ハンマーを取り戻すという顛末に至る。このエピソードは北欧神話の中でも特にコミカルで、強面のトールが女装させられ、しかも食欲全開で暴れ回る姿が大変印象的だ。トールのダイナミックな性格をユーモラスに描く点でも興味深いです。

 三つ目として挙げられるのが「巨人との決闘譚」である。たとえばフルングニルという巨人との戦いの場面やウトガルド・ロキとの力比べの逸話が知られる。フルングニルとの一騎打ちでは、トールはミョルニルを投げつけて巨人を打ち倒しながらも砕け散った巨人の武器の破片が頭に刺さり、しばらく苦しんだとされる。その後、トールの息子マグニがわずか三日しか経っていない幼少の身でありながらその巨体を軽々と退け父を救う効果を発揮。トールの血筋そのものがいかに超人的な力をもつかを物語るエピソードであり、マグニの名も「偉大なる力」を意味するといわれている。もう一つのウトガルド・ロキでは、トールが巨人たちの幻術や策略に翻弄される物語として有名だ。力自慢をしていたつもりが実は大海を飲み尽くそうとしていたり、相撲で戦っていた老婆が実は老いの化身だったりと、彼なりの武力と正面突破が上手くいかない珍しい展開が描かれる。最終的には幻術だと見抜けずに敗北を喫するが、これはトールの強さとは別次元の魔術や策略にはかなわないことを示す話でもある。

その他の紹介

 現代においてトールの名を広く知るきっかけとなったのは、アメリカンコミックである「マーベル」の作品群、いわゆる“Marvel Comics”が大きい。1960年代に原作コミックで「マイティ・ソー」というキャラクターが登場して以来、トール像はスーパーヒーローの一人として多くの読者・視聴者の前に現れた。このコミック版では、神話のエッセンスを下敷きにしつつも大胆な脚色が加えられている。オーディンやロキ、ヘイムダル、シフなど、北欧神話の神々が次々にヒーロー/ヴィランとして登場し、トールはハンマーを握りしめて地球やアスガルドを守護する役割を担う。ここでは神話におけるトールの父オーディンとの確執や義理の兄弟とされるロキの策謀なども重点的に描かれ、北欧神話とは一味違ったアレンジが施された世界観が広がっている。

 さらに近年では「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」の映画シリーズとして、大ヒットを記録した実写版『マイティ・ソー』や『アベンジャーズ』にもトールがメインキャラクターとして登場し、世界的に知られる存在となった。神話稿と大きく異なる設定やストーリー展開も多いが、それをきっかけに原典の北欧神話にも興味を持つ人が増えたことは確かだろう。一方で日本の漫画やアニメにも北欧神話をベースにした作品が数多く見られ、「巨人との戦い」や「終末への予感」「神々同士の抗争」といったモチーフが随所に活かされている。とりわけトールがメイン格で登場するケースは海外作品に比べると限定的であるが、それでもファンタジー世界観を背景にトールの雷やハンマーの力を模したキャラクターが登場する展開は少なくない。こうした現代文化におけるトール像のバリエーションは、元の神話世界のイメージを大きく広げ、より多角的な視点から彼を捉えるきっかけを与えている。

まとめ

 トールは雷や嵐、農耕や自由民の守護を司る北欧神話の重要な神であり、巨人たちとの果てしない戦いを繰り返しながらアースガルズと人間界を守る姿が多くの物語で語られてきた。ミョルニルの一撃で敵を粉砕し、ハンマーやベルト、鉄の手袋を駆使して激闘を勝ち抜く武神としての姿はもちろんのこと、花嫁変装のエピソードなどに見られるコミカルな面や、大食・大酒のエピソードなど、荒ぶりながらも人間味あふれる神として多面的な魅力を持っている。

 ラグナロクでは世界蛇ヨルムンガンドを倒した直後に毒で命を落とすとされるが、彼の息子たちがハンマーを受け継ぎ、新たな世界の秩序を象徴する存在になるという結末が語られる点も見逃せない。すなわち、古き神々の概要が消えゆくなかでも、その力や精神性が次世代へと受け継がれ、やがて世界が再生するという北欧神話特有の円環性が示されているのである。現代においてはマーベルのヒーローとして世界規模の人気を博し、他の漫画や映画、ゲームなど多様なメディアで姿を変えながらその名をとどめている。こうした文化的な広がりが刺激となって、北欧神話そのものへの関心も改めて高まっている。

 トールを切り口に古代スカンディナヴィアの宗教的・社会的背景をたどることで、荒々しい大自然との対峙や農業、航海術、血縁社会などの観点から、当時の人々がいかに神々を身近に感じていたかを深く理解することができるだろう。トールの物語を重ね合わせるように伝承を紐解きつつ、その根底にある勇気と守護の精神についてさらに考察してみると、北欧神話の世界がいっそう豊かに広がっていくはずです。

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